A TIMELINE OF CONNECTION · 1957—1993
インターネットの歴史年表
1957年のスプートニク打ち上げと1958年のARPA創設から、ARPANET、TCP/IP、 DNS、WWW、Mosaicへと続くインターネットの歴史を1993年までまとめた年表です。
TEXT TIMELINE · 1957—1993
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画像年表に掲載しているすべての出来事を、年月、出来事、関わった人物、分類の順にまとめました。 人物名や出来事を選ぶと、詳しい解説を読めます。
| 年・日付 | 出来事 | 関わった人物 | 分類 |
|---|---|---|---|
ソ連が人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功世界初の人工衛星の成功は、米国に宇宙開発と科学技術研究を強化させる大きな契機になりました。 | — | 社会背景 | |
ARPAが設立される米国防総省の先端研究機関としてARPAが発足し、のちにコンピューターネットワーク研究を支援しました。 | 研究組織・政策 | ||
NASAが正式に活動を開始米国の民間宇宙開発を担う機関としてNASAが発足し、宇宙通信技術の研究も進めました。 | — | 研究組織・政策 | |
『人間とコンピューターの共生』を発表コンピューターを計算機ではなく、人間の思考を助ける対話的な道具として捉える将来像が示されました。 | コンピューター | ||
チャールズ・ハーツフェルドがARPAを率いる1961年からARPAに在籍し、1965年から1967年まで所長として先進的な研究支援を進めました。 | 研究組織・政策 | ||
ガガーリンが有人宇宙飛行に成功ソ連のユーリ・ガガーリンが人類初の有人地球周回飛行に成功し、米ソの宇宙開発競争が加速しました。 |
| 社会背景 | |
ユタ州西部の電話中継基地が破壊される3つの大陸横断電話中継基地が破壊され、中央集権的な通信網の弱さを示す事件になりました。 | — | 社会背景 | |
パケット通信を支える理論研究が進む待ち行列理論を通信へ応用した研究が、データを効率よく流すネットワーク設計の理論的な基礎になりました。 | ネットワーク・Web | ||
ARPAにIPTOが設立される情報処理技術局(IPTO)が、タイムシェアリングやコンピューターネットワークなどの先進研究を支援しました。 | 研究組織・政策 | ||
分散型通信ネットワークの研究を公表通信網の一部が失われても情報を届けられる分散型構造と、データを小分けにして送る考え方が体系化されました。 | ネットワーク・Web | ||
リックライダーがIPTO初代ディレクターに就任タイムシェアリングや対話型計算、ネットワーク研究へ資金を配分し、研究者同士を結びました。 | 研究組織・政策 | ||
「銀河間コンピュータネットワーク」の構想を論じる離れた場所のコンピューターと人々が情報を共有する、地球規模のネットワーク像が示されました。 | ネットワーク・Web | ||
ASCIIが制定される数字と文字・記号の対応を共通化し、異なるコンピューター間で文字情報を交換する基盤を作りました。 | — | プロトコル | |
通信衛星Syncom 2の打ち上げに成功NASAが世界初の実用的な静止軌道通信衛星へつながるSyncom 2を打ち上げました。 | — | 社会背景 | |
アイバン・サザランドがIPTOディレクターに就任リックライダーの後任として、対話型コンピューティングなどの研究支援を引き継ぎました。 | 研究組織・政策 | ||
IBM System/360が発表される互換性を持つコンピューター製品群という考え方が広がり、コンピューター利用の拡大を後押ししました。 | — | コンピューター | |
PDP-8が発売される比較的小型で低価格なミニコンピューターが、大学や研究機関へコンピューターを広げました。 | コンピューター | ||
遠隔地のコンピューター同士を直接接続異なる場所にあるコンピューターを専用回線で結ぶ実験が行われ、広域ネットワークの必要性が明確になりました。 | ネットワーク・Web | ||
ロバート・テイラーがIPTOの計画を推進NASAからIPTOへ移り、サザランドと研究計画を進めた後、ディレクターとしてARPANET計画を推進しました。 | 研究組織・政策 | ||
「パケット」という名称が生まれる英国NPLで、データを小さな単位へ分けて共有回線上を送るパケット交換方式が独立に考案されました。 | プロトコル | ||
ARPANET計画が動き始める各研究拠点のコンピューターを一つのネットワークで結び、計算資源を共有する計画が具体化しました。 | 研究組織・政策 | ||
ARPANETの設計が本格化『Multiple Computer Networks and Intercomputer Communication』に構想をまとめ、技術設計と参加研究機関の調整を進めました。 | 研究組織・政策 | ||
BBNがIMPの開発を受注各拠点のコンピューターをARPANETへ接続する中継装置IMPの開発チームが組織されました。 | ネットワーク・Web | ||
UNIXが開発される移植性と複数利用者を重視したOSが誕生し、後の大学・研究機関のネットワーク利用を支えました。 |
| コンピューター | |
IMPの開発チームがARPANETを支えるBBNでIMPの設計・実装が進み、異なるホストをパケット交換網へ接続する装置が完成しました。 | コンピューター | ||
最初のRFCが公開されるネットワーク技術を開かれた形で提案・議論し、記録するRFCの文化が始まりました。 | プロトコル | ||
UCLAにARPANET最初のノードを設置最初のIMPがUCLAへ設置され、ホストコンピューターがARPANETへ接続されました。 | ネットワーク・Web | ||
ARPANETで最初のホスト間通信に成功UCLAからSRIへ「LOGIN」と送ろうとし、最初の通信では「LO」まで届いたところでシステムが停止しました。 | ネットワーク・Web | ||
ARPANETが4拠点を結ぶUCLA、SRI、UCSB、ユタ大学が接続され、実際に利用できるパケット交換ネットワークが形になりました。 | — | ネットワーク・Web | |
ハワイ大学でALOHAnetを開発無線回線を複数の端末で共有する方式が実用化され、Ethernetへ影響を与えました。 |
| ネットワーク・Web | |
NCPの仕様がRFC 33で公開されるARPANET内のホスト同士が通信するための最初期の共通プロトコルが整備されました。 | プロトコル | ||
TIPが開発される専用ホストを持たない端末からARPANETへ接続できるTerminal Interface Processorが登場しました。 | — | コンピューター | |
ネットワーク電子メールが誕生ARPANET上で別のコンピューターへメールを送り、利用者名とホスト名を「@」で区切る表記が導入されました。 | ネットワーク・Web | ||
Telnetの仕様がRFC 97で公開されるネットワーク越しに遠隔のコンピューターへログインして操作する共通方式が定義されました。 |
| プロトコル | |
ARPANETが14ノードへ拡大接続拠点が全米の大学や研究機関へ広がり、実験網としての規模を拡大しました。 | — | ネットワーク・Web | |
FTPの初期仕様が公開される異なるコンピューター間でファイルを転送するための共通手順がRFCとして提案されました。 | — | プロトコル | |
ARPAがDARPAへ改称国防分野の先端研究機関であることを明確にするため、Defenseを冠したDARPAへ名称を変更しました。 | — | 研究組織・政策 | |
ARPANETを初めて大規模に公開実演国際コンピューター通信会議で、多数の端末から遠隔のコンピューターを利用できることが示されました。 | ネットワーク・Web | ||
ボブ・カーンがDARPAへ移るBBNからDARPAへ移り、異なる種類のパケットネットワークを相互接続する研究を進めました。 | 研究組織・政策 | ||
ARPANETが30ノードへ拡大し、海外へ接続ハワイ、ノルウェー、ロンドンも結ばれ、ARPANETは国際的なネットワークへ成長しました。 | — | ネットワーク・Web | |
PRNETの開発が始まる移動中の軍事車両から無線でデータを送受信するパケット無線ネットワークがDARPAの支援で開発されました。 | — | ネットワーク・Web | |
電子メールの仕様がRFC 561で公開されるARPANETで急速に普及した電子メールの利用方法がRFCとしてまとめられました。 | プロトコル | ||
Ethernetの着想がまとめられる同じ施設内のコンピューターを効率よく接続するLAN技術が考案されました。 | ネットワーク・Web | ||
ネットワーク同士を結ぶTCPの設計が始まる無線・衛星・有線など異なるネットワークを、内部の仕組みを変えずに接続する方法の研究が始まりました。 | プロトコル | ||
リックライダーがIPTOへ復帰MITからIPTOへ戻り、初期に描いた対話型計算とネットワーク研究を再び支援しました。 | 研究組織・政策 | ||
ローレンス・ロバーツがBBNへ移籍パケット交換技術を商用化するTelenetプロジェクトの責任者になりました。 | 研究組織・政策 | ||
TCPの基本構想を論文で発表異なるパケットネットワークを相互接続するTransmission Control Programの設計が公表されました。 | プロトコル | ||
ARPANETが46ノードへ拡大大学・研究機関への接続が増え、ネットワーク上のサービス利用が広がりました。 | — | ネットワーク・Web | |
TCPの最初の仕様がRFC 675で公開される異なるネットワークを越えて通信するためのTransmission Control Programが文書化されました。 |
| プロトコル | |
ARPANETが実験網から運用網へ移行ARPANETの運用管理が国防通信局へ移され、日常的に使われるネットワークになりました。 | — | 研究組織・政策 | |
ARPANETが61ノードへ拡大接続先が増え続け、研究者の日常的な通信基盤として利用されるようになりました。 | — | ネットワーク・Web | |
公衆パケット交換網Telenetがサービスを開始ARPANETで培われたパケット交換技術が、商用ネットワークとして提供されました。 | — | ネットワーク・Web | |
ヴィント・サーフがDARPAへ移るスタンフォード大学からDARPAへ移り、ボブ・カーンとTCP/IPの実装と実験を推進しました。 | 研究組織・政策 | ||
Apple IIが登場一般消費者向けのコンピューター市場が生まれ、コンピューティングが研究機関の外へ広がりました。 | — | コンピューター | |
ARPANETの論理マップが作成される広がった接続拠点と回線の構成が、ネットワーク全体図として記録されました。 | — | ネットワーク・Web | |
3種類のパケットネットワークを相互接続ARPANET、無線ネットワーク、衛星ネットワークを越えてデータを届ける実験に成功しました。 | プロトコル | ||
SATNET・ARPANET・PRNETを接続大西洋パケット衛星ネットワークを含む3つの異なるネットワーク間でデータを転送しました。 | — | ネットワーク・Web | |
UUCPが開発されるUNIXコンピューター同士をシリアル回線経由で接続し、ファイルやメッセージを交換できるようになりました。 | — | プロトコル | |
USENETが開発される不特定多数の利用者がニュースグループで議論や意見交換を行う分散型システムが生まれました。 | — | ネットワーク・Web | |
UDPがRFC 768で定義される接続確立や再送を行わず、軽量にデータグラムを送るUser Datagram Protocolが定義されました。 |
| プロトコル | |
SPANが構築される宇宙科学・地球科学の研究者を結ぶネットワークがNASAによって構築されました。 | — | ネットワーク・Web | |
CSNETが始まるARPANETへ直接接続できない計算機科学系の研究機関へ、NSFの支援でネットワーク接続を提供しました。 | — | ネットワーク・Web | |
BITNETが運用を開始IBMメインフレームを利用する大学・研究者同士を接続する学術ネットワークとして始まりました。 | — | ネットワーク・Web | |
TCP・IP・ICMPの主要RFCが公開されるRFC 791、792、793によってIP、ICMP、TCPの役割が整理され、現在につながる仕様が整いました。 |
| プロトコル | |
電子メールのSMTPが標準化されるネットワーク間で電子メールを転送するためのSMTPがRFC 821として定義されました。 | — | プロトコル | |
EUnetが運用を開始オランダ、デンマーク、スウェーデン、イギリスを結ぶ欧州のネットワークが始まりました。 | — | ネットワーク・Web | |
EthernetがIEEE 802.3として標準化されるEthernetの基本的なアクセス方式が標準化され、LAN技術として広く普及する土台が整いました。 | — | プロトコル | |
MILNETがARPANETから分離される軍事運用部門を分離し、ARPANETを研究目的のネットワークとして整理しました。 | — | 研究組織・政策 | |
PhoneNetが運用される一般の電話回線を利用し、既存設備を使って低コストで接続できるネットワークが広がりました。 | — | ネットワーク・Web | |
ARPANETがTCP/IPへ移行従来のNCPからTCP/IPへ一斉に切り替えられ、独立したネットワークを結ぶインターネットの基盤が整いました。 | プロトコル | ||
DNSの初期仕様が公開される増え続けるホスト名を階層的・分散的に管理するDomain Name SystemがRFC 882と883で定義されました。 | プロトコル | ||
NSFNETの構築が始まるNSFがNASAやDOEの支援も受け、教育・研究機関をスーパーコンピューターセンターへ結ぶネットワークを整備しました。 | — | 研究組織・政策 | |
SURANETが設立される米国南東部の大学・研究機関を結ぶため、NSFの支援を受けて構築されました。 | — | ネットワーク・Web | |
NYSERNETが構築されるニューヨーク州の教育・研究機関へネットワーク接続を提供する地域網として始まりました。 | — | ネットワーク・Web | |
SDSCNETが構築されるサンディエゴ・スーパーコンピューターセンターへ研究機関を接続するために作られました。 | — | ネットワーク・Web | |
NSFNETバックボーンが運用を開始教育・研究向けの全国規模バックボーンが稼働し、インターネット拡大の中心になりました。 | — | ネットワーク・Web | |
JVNCNETが設立される米国北東部の研究・学術コミュニティを結ぶ地域ネットワークとしてNSFの支援で設立されました。 | — | ネットワーク・Web | |
BARRNETが設立されるカリフォルニアのベイエリアにある大学・研究機関を接続する地域ネットワークが作られました。 | — | ネットワーク・Web | |
インターネットのホスト数が1万台を超える学術・地域ネットワークの相互接続が進み、ネットワーク全体の構成図も急速に複雑化しました。 | — | 社会背景 | |
World Wide Webを提案インターネットとハイパーテキストを組み合わせ、研究情報をリンクで共有する仕組みがCERNで提案されました。 | ネットワーク・Web | ||
ARPANETが運用を終了役割をNSFNETなどへ引き継ぎ、インターネットの直接の前身となった実験ネットワークが停止しました。 | — | ネットワーク・Web | |
世界初のWebサイトが一般公開されるWebプロジェクトの説明と利用方法を掲載したサイトが、インターネット上から利用できるようになりました。 | ネットワーク・Web | ||
NSFNETバックボーンがT3へ高速化基幹回線が44Mbpsへアップグレードされ、増え続ける研究・教育トラフィックを支えました。 | — | ネットワーク・Web | |
Mosaicの開発が始まるNCSAでマーク・アンドリーセンらが、画像を扱える使いやすいWebブラウザの開発を進めました。 | ネットワーク・Web | ||
ネットワーク数が7,500、ホスト数が100万台を超える研究機関中心だったインターネットが急速に拡大し、世界規模の情報基盤へ成長していきました。 | — | 社会背景 | |
WebブラウザMosaicが登場画像と文章を同じ画面で扱える使いやすいブラウザが、Webを研究者以外へ広げるきっかけになりました。 | ネットワーク・Web | ||
CERNがWeb技術を無償公開Webソフトウェアを誰でも自由に利用できるようにしたことで、互換性のあるサーバーやブラウザが急速に広がりました。 | 研究組織・政策 |