第5部:World Wide Webの誕生

ティム・バーナーズ=リーによるWWWの開発とMosaicの登場を通して、インターネットが一般へ広がる転換点を紹介します。

第5部: インターネットの歴史 - WWWの誕生

第18章:ブラウザー革命:World Wide Webの誕生

1990年、 ジュネーブ近郊のCERN(欧州原子核研究機構)で、 研究者ティム・バーナーズ=リーによって、 インターネットの新しい仕組みであるWorld Wide Web(WWW)が開発された。

WWWは、 従来のインターネットが主にテキスト通信に限られていたのに対し、 ハイパーテキストを用いて情報をリンクで結び、 画像や音声、動画といったマルチメディアコンテンツを扱えるようにした画期的なシステムだった。 彼が設計したHTTPプロトコル(HyperText Transfer Protocol)により、 世界中のコンピューター科学者たちは、 ポイント&クリック型のブラウザを使って、 直感的に情報を閲覧・共有できるようになり、インターネットの利便性が飛躍的に向上した。

多くのブラウザは、ティム・バーナーズ=リーのオリジナルをモデルに開発され、 通常はCERNのコードライブラリを基盤としていた。 その中でも、 1993年にイリノイ大学の学生たちによって開発されたブラウザ「Mosaic」は、 使いやすいグラフィカルユーザーインターフェイスを備えたことで、 一般ユーザーにも広く受け入れられ、 Webとインターネットの普及に決定的な役割を果たした。

Mosaicの登場は、 専門家だけでなく一般ユーザーにも広く受け入れられ、 インターネットの大衆化を加速させた。

エピローグ:インターネットの歴史 - 大聖堂を築く者たち

ポール・バランは、インターネットの歴史について次のように語った。

「技術開発のプロセスは、大聖堂を建てるようなものだ。
何百年もの間、新しい人々が現れ、
それぞれが古い基礎の上に石を積み上げ、
『大聖堂を建てた』と言う。
翌月には、さらに別の石がその上に置かれる。
そして、歴史家がやってきて、
『さて、大聖堂を建てたのは誰か?』と尋ねる。
ペテロがいくつか石を積み、
パウロがさらに追加した。
しかし、自分が最も重要な部分を作ったと錯覚しないよう注意しなければならない。
現実には、すべての貢献が以前の仕事を土台にしている。
すべてが相互につながっているのだ。」

インターネットを築き上げた人々の足跡は、
まさにこの「大聖堂」のようだ。
バランの分散型ネットワークとデービスのパケットという発想が
インターネットの基盤を築いた、
テイラーがARPANETを推進し、
ロバーツが具体化した。
クラークのサブネットのアイデアはまさに天才的な閃きだった。

重要なのは「誰がインターネットを作ったのか」という問いではない。
インターネットは、一人の英雄ではなく、
数多の野心家たちによる協力と努力によって築き上げられたものだ。
各々の貢献が、次の石を置くための土台となり、すべてが有機的に結びついている。
その結晶が、今のインターネットという「大聖堂」なのだ。